東日本大震災を経験して学んだこと ―備え、しかる後にこれを超越するー

渡邉(石川)弘子

1.備えるだけでは十分でない

 結論から言えば、学んだことは「備えを継続することの大切さ」そして、そのための「知ること、行動すること、想像することの大切さ」だと思う。震災後、読んだ本の中に「備えていたことしか、役には立たなかった。備えていただけでは、十分ではなかった。」という一文があった(国土交通省東北地方整備局:東日本大震災の実体験に基づく災害初動期指揮心得,平成25年3月)。まさしくそのとおりだった。「備えること」は、サバイバーとなるための第一歩に過ぎない。

2.備えていたけど役に立たなかったこと

 地震がきたらテーブルの下に隠れる。子どもの頃から地震体験車で何度も体験して備えていたつもりだったが、実際にはできなかった。飼っていた犬を守ろうと、しっかり抱いて玄関先で座り込んでいただけだった(猫は、揺れと同時にさっさとどこかに隠れた)。
 備えていたけど役に立たなかったものは他にもある。ソーラー式の小さなスマホ充電器。北国の冬は日差しが弱いし、地震直後は雪も降ってきたので充電できなかった。ソーラー式充電器なら、もっと大きなものが必要だ。今は、定期的に充電したモバイルバッテリーを常備している。手動式の携帯ラジオ兼用携帯電話充電器。地震が起きた当夜は眠るのが不安だったし、やることもなかったので、手動ハンドルをぐるぐる回していたが、疲れるわりに携帯電話の充電はほとんどできなかった。電波が良く入らずラジオも途切れ途切れだった。今はもっとパワーのある機器に変えている。天井突張式の家具の固定器具。器具ごと思いっきり倒れた。時々は突張度合いを確認する必要があることに気づいていなかった。今は1ヶ月に1度、掃除のついでに確認している。家族との安否確認方法。スマホも固定電話も公衆電話もつながらなかった。これは今も模索中。

3.備えていて役に立ったこと

 。電気温水器に200リットルのお湯を溜めていた。水道水を飲まない家族のおかげで、ペットボトルのミネラルウォーターも炭酸水もたくさんあった。水道水の給水が貯水槽方式の場合、地震直後なら水が出る確率が高い。水道水が出るうちに、鍋釜やお風呂に溜めておくのも一手。食料。冷凍物(肉・魚・餅)、冷蔵物(肉・魚・野菜)、缶詰、乾物、お菓子、アルファ米、エネルギーバーなどがたくさんあった。灯り。懐中電灯、ヘッドランプ、ソーラーランタンなどが複数個あったが、ヘッドランプが圧倒的に便利だった。カセット式ガスコンロと山用のコンロ。カセットガスも十分にあった。バーベキューセット。冷蔵庫が使えなくった停電3日目には、庭でバーベキューをしている家庭を良くみかけた。ただし、十分な炭の買い置きが必要。ろうそく。原始的ながら、電源不要で灯りと暖を取れる優れものだった。高気密高断熱住宅でオール電化だったため、石油、ガスは使っていなかった。石油ストーブがあったら良かったなと、この時だけは思った。お風呂の残り湯。トイレ用に使った。今でもお風呂の残り湯は浴槽を洗うまで落とさない。寝袋。暖房器具がない中、猫と入る(猫が勝手に入る)寝袋は暖かった。犬も寝袋にくっついて寝ていた。バイクのガソリン。ガソリンが少ないとタンク内が腐食しやすいので、常に満タンにしていた。壁への家具の固定器具。壁ごと引きちぎれたけれど、動いた距離は短かった。固定していなければ、どこまで吹っ飛んでいったことか。家具の向き。倒れたものもあったけれど、部屋の出入口を塞ぐ向きには置いていなかったので、閉じ込められたりすることはなかった。地震保険。家屋は一部損壊と認定されて保険金が下りた。たまたま趣味が登山。衣食住を背負って歩く登山の道具類は、災害時にも有効。

4.備えていたつもりではなかったけど一番役に立ったこと

 いちばん大きかった備えは、ご近所さんとの共助だった。例えば、趣味で衛星電話を持っている友人は、東京出張中の夫に私の無事を知らせてくれた。太陽光発電システムを屋根に載せているお隣さんは、スマホを充電してくれた。町内会の仲間は、毎日玄関ドアをノックして様子を見にきてくれた(停電のため玄関チャイムは鳴らなかった)。スーパーの長蛇の列に並んだ友人は、せっかく買った、当時は貴重品だったお豆腐を分けてくれた。
 私がしたこと。私一人(+犬猫)しか自宅にいなかったため、水と食料は地震翌日からご近所にお分けした。お湯と牛肉とパンとアルファ米は、特に喜ばれた。たまたま町内会の班長だったこともあって、班内に情報共有の回覧板を回した(「隣町の△△スタンドでガソリンを10リットル入れられました」「◇◇スーパーで○月○日にお米の販売をするそうです」など)。ガスが復旧せずお風呂に入れないご近所さんのため(うちはオール電化で、電気の復旧はガスよりずっと早かった)、地震後1ヶ月は無料銭湯&ランドリーになった。さまざまな組織や個人とつながりがある中で、共助の形はそれぞれだと思う。

5.備えを継続するために必要なこと


✔ 知ること 
✔ 行動すること 
✔ 想像すること
 
  

 東日本大震災から10年以上が経ち、どうしても気は緩む。備えることさえ疎かになる。だが、天災は忘れた頃に必ずやってくる。備えるために、備えを継続するために必要なことは、「知ること」、「行動すること」、そして「想像すること」だと思う。例えば天井突張式の家具の固定器具。固定することが重要だから(=知る)、器具を買いに行って固定した(=行動する)。けれど、固定は時間とともに緩むかも知れないと思うこと(=想像する)が抜けていた。非常持出袋もそう。必要なもの(=知る)を全部入れたら(=行動する)、重くて持ち出せないはずだ(=想像する)。
 だから、きちんと想像しよう。自分や家族を守るために、本当に必要なものは、やらねばならぬことは、何かを。先に紹介した本はこうも言っている。「備え、しかる後にこれを超越してほしい。」私たち技術者は「想像(創造)すること」は得意なはずだ。「想定外」と言わず、技術者魂を備えの継続に活かし、個人レベルでも安全・安心で暮らしやすい社会を築いていこう。

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