自然災害の被害をどう回避するか? -地震を中心に-

総合技術監理/建設部門 井本 郁子

はじめに- 災害リスクをどう考えるか。

 地震、噴火、津波、高潮、洪水、土砂崩れ等、様々な自然災害に共通することをまず考えておきたいと思います。災害のリスク(disaster risk)の大きさは、ハザード(hazard)、暴露(exposure)、脆弱性(vulnerability)の3つの要素で説明されます。


ハザード (hazard)
暴露 (exposure) 
脆弱性 (vulnerability)

 この中で、ハザード(地震・噴火・津波・高潮・洪水・土砂崩れ・etc)とは、地球上のどこかで発生している自然現象として捉えることもでき、ハザードを生態系の中で繰り返されてきた攪乱という自然現象として捉えたときには、自然の多様性と動的な安定性を生み出すメカニズムとして評価することもできます。

 例えば、河川の氾濫原に生まれる草地、自然発生する山火事による草地やマツ林。あるいは火山の噴火によって生まれた裸地など、身近なところにも様々なハザードとそれによる攪乱、そして自然の復元というプロセスがみられます。例えば、東日本大震災後の仙台湾岸では、自然の植生を保全した場所では、防潮林の復元が確認されており、このような自然の復元力(レジリエンス)を生かすことは、防災・減災において重要なことと考えられます。

 しかし、もちろんのこと、災害のリスクという視点からは、人々の命や生活にかかわるリスクについては、暴露をおさえ、脆弱性を避けることで、実際の被害をいかに少なくするかということが、最優先の課題であることはいうまでもありません。

 ここでリスクをハザードとの関係で捉え直してみると多くの場合次のように表現されています。

リスク = 危険要因(hazard) x 暴露(exposure) x 脆弱性(vulnerability)
              (INFORM: Index For Risk Management, 2017)

 リスクは ハザードだけでとらえるものではなく、暴露と脆弱性が重なることによって相乗的に大きなものとなります。そこで、災害リスクを低減する基本として、暴露を回避し、脆弱性を低減するという考え方が重要です。下図はその関係を模式的に現しています。

(図-1、図-2とも「生態系を活用した防災・減災に関する考え方」自然環境局自然環境計画課 生物多様性地球戦略企画室:https://www.env.go.jp/content/900489546.pdf  accessed  June,12th, 2023)

 図-2の例では、大雨で地盤が緩んだ崖地から離れて家を建てること(暴露の回避)、あるいは崖との間に緩衝帯として土砂を受け止めることのできる樹林帯を設けること(脆弱性の低減)の事例が示されています。

 このようにグレーのインフラ(人工的な構造物)にのみ頼るのではなく、グリーン(自然を利用した)インフラを利用することで、より取り組みやすい防災対策を考えることができます。

 また、グリーンインフラ、またはグレーインフラ(人工的な構造物)のどちらかに頼るのではなく、両者を組み合わせた、ハイブリッドインフラという提案もされています。そこでは、次のように述べられています。

 「グレーのインフラはあるところまでは、完全にハザードを防御するが、それを超えるハザードが発生したときは、まったく機能しなくなる。それに対してグリーンのインフラは、完全な防御はないものの、常にハザードを弱める働きをもっている。そこで、ハイブリッドとして両者を組み合わせたインフラを考えることで、発生頻度の高いハザードでは完全 な安全性を保証し、大規模な ハザードにおいても部分的な安全性を得ることができる。(大沼、2018)」

 それでは、具体的に地震を自然に起因するハザードと考えた場合、どうすればその暴露を回避し、脆弱性を補い、ハザードリスクを低減できるのでしょうか。そして、防災という言葉を災害が起きる前に、いかに災害に強い町や村をつくるかという都市や地域計画のあり方として考え、災害対策をハードやソフトを合わせてどのように行っていくかということを考えたいと思います。

 結論から述べると、防災の基本はグレ-インフラによる防災(脆弱性の回避)のみに頼らず、グリーン(自然の)インフラを利用したリスク低減を図ることです。たとえば、災害リスクが高い場所に、重要な施設や生活の場(居住地や仕事場)を配置しないこと(暴露の回避)です。その上で災害時の脆弱性を補強するために、例えば、地形や植物などの自然を利用することでしょう。

 災害の低減方策としてのグリーンインフラの利用では、各地で行われてきた施策が、ヒントを与えてくれます。

◆宮城県気仙沼市舞根地区

 災害に襲われた町、東日本大震災の際に津波に襲われた気仙沼市の舞根地区では、湾岸に設置する高い防潮堤の建設を避け、住居は高台に移転し、湾の入り口は海へとつなげ、水も生き物も海と川を行き来する水路を維持しています。ここの低地では、津波に襲われた水田を復田し、湿地や池をつくって自然を再生しました。低地はまた、津波に襲われるかもしれません、しかし、高いコンクリートで創られた防潮堤の建設をさけ、海と川をつなげながら、海の見える生活の場を創り出しています(写真-1)。

◆高知市

 高知市では、南海トラフに伴う津波からの避難の場所として小高い丘を里山保全地区として指定し、避難山としての整備と利用をすすめています。人々はその場所を日常的に散歩に利用し、同時に食料等の備蓄倉庫をつくっています。(写真-2) 

◆宮城県仙台市荒浜地区

 仙台市の荒浜地区では海浜の防潮堤の両側を砂で覆い、ハマヒルガオなどの海浜植物の復元が行われています。また、津波に襲われて一度は崩壊したと思われた松林も、津波から10数年を経て若木が育ちつつあります。

 グリーンインフラによる防災は、被害を軽減する力だけではなく、グレーのインフラを補強するものとして機能し、さらに災害からの復興に自然のレジリエント(しなやかで、回復力のある)な能力は大きな力となっています。このように、自然を完全に制御するのではなく、自然の力を生かしながら災害の被害を低減する方法、歴史の中で人々が工夫してきた方法をあらためて評価し、とりいれていくことが重要と考えます。

 このような生態系による防災・減災、Eco-DRR(Ecosystem-based Disaster Risk Reduction)は、「地球温暖化に伴い世界各地で災害の規模が大きくなることが懸念される中で、人工的なインフラだけで防ぐことには限界がある(一ノ瀬 2021)」ことが認識されています。

 今私達は、自然を活かした災害からの回避を、様々な条件の中で考える必要があるのではないでしょうか? 

<災害リスクが増してしまった首都圏の状況についての考察>

 関東大震災から100年を経過した首都圏の状況を考えてみましょう。そもそも世界の中で、これほどに巨大な首都圏をもっている国はありません。世界の都市圏人口ランキング(Demographia-World Urban Areas,18thAnnual( 2022.07))によれば、1位が東京、2位がジャカルタ、3位がデリーです。東京圏の市街地域(Urban Area)の人口は3,773万人、これは驚異的な数字です。2位のジャカルタの3,375万人より1割以上大きな数字で、先進国では 9位のソウルが2,180万人、大都市といえばすぐに思い浮かぶアメリカ合衆国のニューヨークは11位で2,150万人です。この数字をみると、日本の首都圏が、日本全国の30%もの人口と巨大な資本を集積していることがあらためて確認され、日本という国が、災害や紛争などのあらゆる危機に対して抱えている問題が懸念されます。

(例えば巨大な地震・・・)

 例えばもし、この地域に巨大な地震が襲ったとき、日本全体が計り知れないダメージを受けることは間違いないでしょう。他の先進国では、このようなひとつの地域への人口と資本の集中はありません。アメリカ合衆国を例にとっても、広い国土に様々な文化や産業があり、政治と経済は異なる都市に配置され、産業はもちろん、教育や研究拠点も各州にそれぞれの特色をもって配置され発展しています。

 もちろん、人口の集中がハザードリスクに直結するわけではありませんし、豪雨による洪水や斜面崩壊だけを考えれば、安全な場所に配置された施設は大きな被害を免れるでしょう。しかし、地震を想定した場合には、地震に伴う家屋や建築物の倒壊、高層ビルの機能不全、思わぬ場所からの火災、そして防潮堤や堤防の破堤による洪水、地下街への浸水、コンクリートで固められた急斜面の崩落などなど、100年前の関東大震災のときには予測できなかった事象が、つぎつぎに発生することを考えておかねばなりません。

 洪水や海水による浸水被害は、新しく開発された低地や湾岸の埋め立て地を中心に発生し、一方で斜面崩壊は、緑の多いとされる丘陵地や、河岸段丘に沿った場所を中心に発生することが予測されますが、安全と思われている台地においても、台地を流れる中小河川氾濫や、建物の倒壊などによる道路の遮断、そして火災の発生など様々なリスクの可能性があります。火災が発生したときに、その火災を防ぐことが期待される緑の多い公園や、大きな街路樹は、住民からの苦情への対応で小さく整形されていることも多いのが現状です。比較的平らで安定した地盤の上で、川や海から一定の高さが確保され、緑が多く残され、建物が耐震性・耐火性にすぐれていればその場所のリスクは低いと考えられますが、そのような場所は首都圏にどの程度存在しているでしょうか。

(首都圏への人口集中は・・・)

 過去数十年の国土政策の中で、首都圏に人口集中を促した結果が、首都圏のハザードへの脆弱性を史上まれなほどに増していると考えることもできるのではないでしょうか。現在の首都圏一極集中という国土政策が、防災とリスクの回避という意味では大きな問題を孕んでいることを指摘したいと考えます。よくいわれることは、日本の国土はその70%が山地や丘陵地であり、利用できる平地は極めて限られるという話です。それでも国土の中には、災害リスクは低く、自然は豊かではあるが、人口密度は少ない場所が少なからずあります。それらの中には過疎地という状況にあって、地域の文化と生活を守ることが課題となっています。そのような現状を考えると、これほどまでにして首都圏に人を集める必要はあるのでしょうか。 

(例えば水害・・・歴史的な治水対策<主にグリーンインフラ>)

 現在の東京は、コンクリートによって守られた要塞の中の町のようです。湾岸には防潮堤が、河川には堤防が、そして上流には治水ダムが建設されています。もし、関東大震災によって、堤防や防潮堤が破壊されるようなことがあれば、さらには停電や送電網のトラブルによって排水機場も機能しなくなったとき、なにが起きるか?、都内の浸水ハザードマップは、我々の想像を超えたハザードを示したものになっています。

 もちろん、コンクリートによる防御だけではなく、首都圏を水害から守るためには、様々な工夫が江戸時代から行われてきました。徳川家康が1600年頃、江戸を水害から守るため、そのころ東京湾に流れていた利根川を大きく東に向かわせたことはよく知られています。また、100年前から群馬・茨城・栃木の3県にまたがる渡良瀬遊水池の整備が始まり、1980年代に完成をみました。先の(2019年)台風19号による北関東での豪雨では、渡良瀬遊水池の貯留機能が首都圏を水害から守りました。また、利根川の上流域では、戦争直後のカスリーン台風による広域にわたる浸水被害を教訓に、足尾山地をはじめ、山地を中心に植林と緑化による治水工事が行われてきました。これらは、まさにグリーンインフラという言葉ができるはるか以前からの人々の知恵、治山・治水という言葉を体現したものでした。

 しかし、都内での防災対策については、道路や建物の耐震化、防潮堤や堤防の強靱化など、どちらかというとグレーのインフラに焦点があたっています。今一度、街路樹をはじめとした都市の様々な自然(緑)に、気候緩和、防火、避難路確保、貯水などの多様な機能があることを再評価し、リスクを緩和する能力を高めていくことが重要なことと考えます。

(私たちができる防災を!)

 最後になりますが、個人として、私達ができることは、常に地形や地質、川や海との関係、周辺の建築物の状況を確認し、ハザードに敏感でいることを心がけることと考えます。 

 図-3は国土地理院から提供されている、ハザードマップです。下の図は高潮と洪水ですが、このほかにも津波や土砂災害をはじめ、道路冠水なども含めたさまざまな情報を得ることができます。普段なにげなく仕事や買物で利用している場所についても、あらためて、その場所のリスクを考えてみてください。

ハザードマップポータルサイト (gsi.go.jp)による

引用・参考資料

  1. Marin-Ferrer, M. Vernaccini, L. Poljansek, K (2017) INFORM:「 Index for Risk Management」 Concept and Methodology Version 」 Eu Science Hub,  https://drmkc.jrc.ec.europa.eu/inform-index/Portals/0/InfoRM/INFORM%20Concept%20and%20Methodology%20Version%202017%20Pdf%20FINAL.pdf
  2. 一ノ瀬友博 編・著(2021)「生態系減災Eco-DRR」慶應義塾大学出版会、東京
  3. 環境省自然環境局自然環境計画課 生物多様性地球戦略企画室「生態系を活用した防災・減災に関する考え方」,https://www.env.go.jp/content/900489546.pdf  accessed  June,12th, 2023)
  4. 大沼 あゆみ,「 生態系インフラによる防災・減災(Eco-DRR)をどのように拡大していくべきか?」環境経済・政策研究, 2018, 11 巻, 2 号, p. 61-64, 公開日 2018/10/27, Online ISSN 2188-2495, https://www.jstage.jst.go.jp/article/reeps/11/2/11_61/_pdf/-char/ja , https://www.jstage.jst.go.jp/article/reeps/11/2/11_61/_article/-char/ja
  5. 「Demographia-World Urban Areas,18thAnnual」 http://www.demographia.com/db-worldua.pdf accessed 2022.07)
  6. 土屋信行(2019)「水害列島」 文春新書,(株)文藝春秋,東京、 253pp
  7. 国土地理院、ハザードマップポータルサイト, https://disaportal.gsi.go.jp/  accessed July 18th)

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